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歯科医療への想い、「治す」から「管理する」へ
茨木市にある伊藤歯科クリニックは、虫歯を予防するとは言いません。虫歯を疾患と捉えコントロールすることに重きをおいています。本ページでは、院長の伊藤先生に、歯科医師を志したきっかけから現在の診療に対する考え方まで、くわしくお話を伺いました。
歯科医師を目指したきっかけと今までのあゆみ

歯科医師になられたきっかけを教えていただけますか?

「親が勤め人だったので、自分は勤めには就きたくないという漠然とした思いがあって、医療系を目指しました。大学は地元の近くだった大阪大学歯学部に進みました。子どもの頃は吹田市の北千里に住んでいて、大学の前の池によく釣りやザリガニ取りに行ったりしていましたね。

開業されてから大学院に行かれたそうですね

私のベースを作ってくれたのは、13歳年上の先輩です。その方は非常に勉強熱心で、今うちでやっているスタイルを既に30年以上前から実践されていました。私は大学ではあまり勉強していなかったのですが、卒業後にその先生から多くを学びました。
大学院に行ったのは、もう開業して15年ほど経った頃です。制度の変わり目で大学院生が不足していた時期に、学生時代のインストラクターから誘われて社会人大学院生として入りました。既に臨床データを持っていたので、それをまとめる形で研究を進めました。
歯科治療に対する考え方

先生は著書の中で、歯科治療について独自の視点を持っておられますね

私は歯科治療を「修復治療」と「う蝕治療」に分けて考えています。修復治療は形を直す治療、つまり穴を埋めたり詰め物をしたりすることです。一方、う蝕治療は歯の出し入れのバランスを整えていくことです。
例えるなら、高血圧で血管が切れた場合、手術で血管を修復するのが修復治療です。しかし高血圧が残っていれば、また別の場所で血管が切れる可能性があります。高血圧自体を治療するのがう蝕治療に当たります。
虫歯も同様で、カルシウムの出し入れが赤字になっている状態が続けば、再び虫歯になります。その赤字状態を治すことが本当の意味での治療なのです。そのためには食事のバランス調整や適切なブラッシング、また人によっては唾液の分泌量など、様々なリスク要因に合わせたアプローチが必要になります。

一般的には「虫歯を治した」と言いますが、それは誤解なのでしょうか?

その通りです。一般の方も、残念ながら中には歯科医師も、修復治療をすれば治ったと誤解しがちです。しかし実際には形を直しただけで、虫歯の原因となる状態は続いているのです。これはイリュージョン(錯覚)です。
虫歯は急性疾患ではなく慢性疾患だと考えるべきです。高血圧や糖尿病のように、継続的な管理が必要な病気なのです。
予防ではなく疾患コントロール

予防歯科の重要性が言われていますが、先生はどのようにお考えですか?

実は私は「予防」という言葉をあまり使いません。なぜなら虫歯や歯周病の原因となる細菌は常在菌だからです。完全に予防することは不可能なのです。だから「疾患のコントロール」という考え方をしています。
口の中の細菌叢(細菌の構成)のバランスを整え、悪さをする前の段階で適切に管理していくことが大切です。そうすることで、悪さをする細菌の割合を減らすことができます。

そのコントロールのために、どのようなことをされているのですか?

患者さんごとに「リスク」を評価し、必要な頻度でメインテナンスをおこなっています。一般的に歯科医院では半年に1回など決まった間隔での定期検診を勧めますが、それは実は科学的根拠がありません。
リスクの高い人は2ヶ月に1回、標準的な方なら4ヶ月に1回、リスクの低い人なら半年に1回というように、患者さんの状態に合わせた間隔でメインテナンスをおこなっています。
不可逆的な疾患としての認識

歯科疾患の特徴について教えてください

虫歯も歯周病も「不可逆的な疾患」です。一度発症すると元の状態には戻らないのです。例えば骨折したら適切な治療で元通りになりますが、虫歯で失った歯の組織や歯周病で減った骨は基本的に元には戻りません。
だからこそ、早期発見・早期対応が重要です。私はよく「ほっておくと耳が落ちる病気があるとしたら、予防法がわかっていても放置しますか?」と患者さんに問いかけます。歯も同じなのです。
患者さんの意思決定を尊重する姿勢

歯科治療において患者さんの意思決定をどのように考えていますか?

歯科医療では「病気」と「病気ではないもの」が混在しています。例えば虫歯や歯周病は病気ですが、歯の色や歯並びは病気ではありません。これは一重まぶたが病気ではないのと同じです。
また、歯を抜かなければならない場合は病気の状態ですが、抜いた後どうするかは病気ではありません。髪の毛が薄くなってきた人がカツラをつけるかどうかは本人の問題でしょう?同じように、抜いた後に何もしない選択肢も含めて、すべての選択肢を患者さんに提示すべきです。
例えるなら、意思決定の割合が10だとすると、緊急の心筋梗塞なら医療者側が10、患者側が0です。しかし歯の色や形を変えるとなると、医療者側が0、患者側が10になります。虫歯や歯周病はその中間ですが、何を大事にするかは最終的に患者さん自身が決めるべきことと考えています。
矯正治療について

矯正治療についてはどのようにお考えですか?

歯並びの問題は基本的に病気ではないので、矯正するかどうかは患者さん自身の価値観によります。「矯正した方がいいですか?」という質問に対して、私たち歯科医師が答えることはできません。それは二重まぶたにするかどうかを眼科医に聞くようなものです。
ただし、小さい子どもの場合は、生え始めの歯の兆しを見て、少しの介入で大きな矯正を回避できることもあります。例えば、受け口気味に生えてきた歯に対して透明の樹脂で滑り台を作ってあげると、正しい方向に誘導できることがあります。これは中国の古典『孫子の兵法』にある『萌(きざし)を制する』という考え方です。問題が大きくなる前に、小さな介入で解決するのが最も効率的なのです。そのようなときにはお話をさせていただくようにしています。
高齢者医療への展望

今後のご展望についてお聞かせください

今後取り組みたいのは高齢者の機能低下への対応です。また、在宅のチームを作ることも考えています。嚥下に詳しい人や専門の衛生士、できれば保健師も加えた3人チームで在宅訪問ができるといいですね。
またフレイル(虚弱)対策も重要です。実はフレイルの最大のリスク要因は社会的孤立、つまり外部のコミュニティに入っていないことなのです。二つ以上のコミュニティに所属している人はリスクが非常に低くなります。「歯科医院がそういうコミュニティの場になれば」とも思っています。
患者さんへのメッセージ

最後に患者さんへのメッセージをお願いします

口の中の疾患は不可逆的なもので、一度失ったものは元に戻りません。そして、人の手が入っていない天然の歯が最も長持ちします。だからこそ、定期的なメインテナンスが大切なのです。
ただし、リスク管理は人生を楽しむことを妨げるものであってはなりません。例えば酸性の食べ物が歯に悪いからといって、すべて避けるべきではありません。実際に問題が起きていなければ、楽しみは奪わなくていいのです。歯を守るために生まれてきたわけではないのですから。
虫歯や歯周病のリスクは
一つの原因で起こるもの
ではなく、さまざまな
要因が
積み重なって発症します。
大切なのは、自分のリスクを理解し、適切に管理していくことです。そのためのパートナーとして、私たちがお手伝いさせていただきます。